本の内容
そそり立つ石垣上にそびえる天守閣、城下町を一望する山頂の古城跡…。日本全国津々浦々、どこへ行っても城がある。毎年百万人が訪れる観光地もあれば、木立の中にひっそりとたたずむ城跡もある。地形、時代、城主のいずれかが違えば、一つとして同じ城はない。また、城にはエピソードがつきものだ。攻城戦による血なまぐさい悲劇、ドロドロした呪いの伝説、なかには戦乱の世には珍しいロマンスだってある。最近、老若男女問わず歴史、特に戦国時代~江戸時代に興味を持つ人は多く、城を巡る人も増えている。実際に足をのばす前に、構造や仕組みの基礎知識と、各城ゆかりのエピソードを知っておけば、城めぐりがより楽しくなるのは間違いない。
本書に収録されている内容から抜粋。
●現存する本物の天守。じつは全国にわずか12基だけ!
現存する本物の天守は、弘前城、松本城、丸岡城、犬山城、彦根城、姫路城、松江城、備中松山城、丸亀城、宇和島城、高知城。ちなみに日本の城跡は約3~4万ともいわれ99%が戦国時代に築城された。
●鎌倉時代や南北朝時代の城には天守がなかった!?
天守が出てきたのは室町時代中期(1520年代前半)といわれている。室町時代の末期に松永久秀が築城した多聞城が最初といわれ、その後、信長が1576年に五層、七階の天守を安土城に築いたのが手本。
●石垣の石はどこから切り出されていたのか?
たいてい築城地の近くで切り出されていたが、大坂城は小豆島から、江戸城は伊豆で切り出された石で作られた。
●石垣の巨石はどうやって運ばれたのか?
現在のように重機などはもちろんなく、すべて人力で運ばれた。綱で石を結って棒につるし、2~4人ぐらいで運んだ。でも大きい石だとこの方法ではムリなため、丸太を何本も並べて転がした。さらに大きな石は修羅と呼ばれる木のそりを作り、丸太の上を転がした。
●頑丈そうな櫓(やぐら)門。じつは見かけだけ!?
櫓門といえば、強固な印象だが、じつは裏側はまったく無防備であった。敵に対する物見と鉄砲を撃つときに使われる連子窓は櫓門の表だけに開かれることが多かった。また防備の面だけでなく、飾金物は表に集中し、裏側にはほとんど取り付けられていなかった。
●南北朝時代と戦国時代の城の大きな違いとは?
南北朝時代の山城の多くは人里離れた山奥に建っているが、戦国時代の城は人里に近いところに建っている。戦国時代の城は、軍事面はもとより、政治・経済の拠点であり、戦国大名は武将であると同時にその領国の為政者、経営者であったからである。
(これらのエピソードは本書では違う表現になっています)
著者情報
今泉 慎一
古城探訪家。1975年広島生まれ。編集プロダクション・風来堂代表。旅、歴史、サブカルチャーなどを中心に、取材、編集、執筆、撮影などをこなす
※本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです