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エンバーマー 遺体衛生保全と死化粧のお仕事 心とご遺体を修復するために僕がしてきたこと
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本の内容
新しい「葬儀」の「かたち」「おくる」とき、「おくられる」とき、最良の選択を探して。これは、ひとつの「おくりかた」の提案です[em・balm・ing]n.死体に防腐処理をして化粧を施す技術(大辞泉) 「エンバーミング」とは、故人が病気や事故によって失われてしまった「その人らしさ」を取り戻し、元の安らかな姿に戻るための処置です。同時に、ご遺族が故人と向き合い、納得した状態でお別れできる機会を提供するための処置でもあります。「お別れ」、「旅立ち」、「感謝を伝える最後の機会」…それぞれのご遺族にとっての「準備」だと考えると、より理解しやすいのではないでしょうか。エンバーマーである僕は、大切な「準備」を担(にな)っているという思いを持って、処置に臨んでいます。
遺体を修復する「エンバーマー」とは一体どういう仕事なのか。著者がエンバーマーとなった動機から日本における今後を語る。
目次
第1章 なぜ僕が、この職業を選んだのか(子供のころ—育った環境
父の言葉「故人が乗った担架はしっかり持っていろ!」 ほか)
第2章 エンバーマー修行—アメリカでのご遺族・ご遺体(ダフニー葬儀社での毎日—アプレンティスシップ
「エンバーマーとして認められるのは、ごく一部の人間」 ほか)
第3章 帰国して—日本での日々、日本の課題(ひとつの決意とひとつの決断
感謝の気持ち ほか)
第4章 苦悩の中で支えてくれた人たち(碑文谷先生との出会い
『死化粧師』作者・三原ミツカズさん ほか)
第5章 ご遺族と故人にとって理想のお別れとは—僕が理想とする葬儀の形(もう本場と同じレベルに達した日本のエンバーミングのこれから
エンバーミングを「きっかけ」に—日本におけるグリーフサポートとは ほか)
著者情報
橋爪 謙一郎(ハシズメ ケンイチロウ)
1967年3月、北海道生まれ。1991年、成城大学法学部法律学科卒業。「ぴあ株式会社」勤務を経て、フューネラルディレクターのライセンス取得のため1994年渡米し、ピッツバーグ葬儀科学大学入学。エンバーミングなどのアメリカの葬祭に関する専門教育を受け、1996年卒業。同年、フューネラルディレクター国家試験に合格。さらに同年、ジョン・F・ケネディ大学大学院に入学。グリーフケアに必要な心理学、コミュニケーションスキル、カウンセリングを中心とする教育を受け、1998年に修士号を取得。アメリカの葬儀社でアプレンティスの経験を積んだ後、2001年1月にカリフォルニア州エンバーマーを認定される。同年帰国。帰国後、冠婚葬祭についての専門教育を提供する「日本ヒューマンライフセレモニー専門学校」の副校長として、全体のカリキュラムの構築ならびにグリーフケアやコミュニケーションなどの教科を担当。2003年より、日本遺体衛生保全協会(IFSA)のスーパーバイザーとして東京・大阪のエンバーマー育成教育機関の立ち上げに参画。講師としてエンバーマー育成に従事する。2004年、有限会社ジーエスアイを起業。現在、同社の代表取締役として、エンバーミング事業およびグリーフケアをサービスの中心とする関連業者向けに、社員研修、講演活動を精力的に行なっている。2008年より一般向けの公開セミナーも行なっている。グリーフサポートおよびエンバーミング普及に関して、知識とアメリカでの実務経験を持つ、日本における第一人者である
※本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです
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