ここでは堀田さんとスタジオジブリのこれまでの関係についてお話ししたいと思います。
もともと宮崎駿監督は堀田さんを非常に尊敬し、作品も熱心に読んでいましたし、僕も堀田作品の読者でした。どちらも一読者、一ファンだったのですが、実際にお目にかかることになったのは「天空の城ラピュタ」(1986年)を制作している時のことです。
その時、僕は徳間書店で編集者として『天空の城ラピュタ GUIDE BOOK』という本を編集していました。僕はそこに堀田さんに原稿を書いていただけないか、と考えたのです。そのことで、制作現場で頑張っている宮崎監督を励ましたいと思ったんです。
そこでご連絡をさし上げたのですが、徳間書店はそれまでお付き合いがあった出版社ではないし、なかなかOKしていただけない。ようやくまずはお会いできることになったんですが、ではどんなふうに話を切り出せば、原稿を書いていただけるだろうか。ずいぶん考えました。そこで無手勝流でいこうと腹を決めて「堀田先生は、これまで人間とは何かという問題について書かれてきました。ならば人類が今後、どうなっていくのかについても書かれる義務があるんじゃないでしょうか」とあえて大上段に切り出したんです。堀田さんは、これを聞いてお笑いになりましたね。 |