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| 百瀬ヨシユキ(ももせよしゆき)さん |
1953年、東京生まれ。
71年にスタジオ・ネオメディアに入社。『ど根性ガエル』などで原画を担当後、日本アニメーションを経てフリーに。その後、『火垂るの墓』『おもひでぽろぽろ』に参加し、『紅の豚』からスタジオジブリへ。『もののけ姫』ではCG部分を担当、『ギブリーズ episode2』で初監督を務めた。最新作はPV『ポータブル空港』『space station No.9』『空飛ぶ都市計画』の3本。ここでは、それまで百瀬義行と表記していた名前を百瀬ヨシユキとしている。 |
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| スタジオジブリが制作してきた短編を一挙収録したDVD『ジブリがいっぱいSPECIAL ショートショート』が先頃発売され好評だ。その内容は、懐かしいCM・TVスポットから最新作のPVまで、これまで一度もソフト化されたことのないものばかり。そこで、そこに収められているハウス食品のCMや「SF3部作」と呼ばれるcapsuleのPV制作で知られる監督・百瀬ヨシユキさんに、長編とはひと味違う短編作品の魅力や、制作中のエピソードについて話してもらった。 |
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――ハウス食品「おうちで食べよう。」シリーズのCMは、全編がアニメーションのイメージ描写ということもあり、TVに流れてきた当時は鮮烈な印象を受けました。
百瀬 当時宮崎監督は昭和30年代頃の日本に興味を持っていて、その時代の風景をイメージボードに何枚か描いていたんです。それが“家庭の食が持つ暖かさ”というハウス食品の方向性に重なるものだったので、これをもとに僕が絵コンテを描いて映像化しました。このCMの狙いは、夏の夕方、仕事の帰り道で自分の子どもに会って一緒に帰るという、お父さんの目線なんです。カメラも、人が歩いているような速度で主観の動きにしてあります。
――15秒間の中に時間がゆったりと流れています。一方冬バージョンでは、ジャズ調で現代的なcapsuleの音楽が、子どもたちの遊ぶ姿を跳ねるように生き生きと見せていますね。
百瀬 実は冬バージョンでは、夏の続き物としてどんな場面を持ってくればいいのかすぐに思いつかなかったんです。そんな時、鈴木プロデユーサーが「百瀬さん、これ好きでしょう」とcapsuleの音楽を紹介してくれて。音楽の雰囲気を一変しただけで「今回は別にお父さんの目線じゃなくてもいいんだ」と発想を切り替えることができました。それで完成したのが、子どもたちが夕方まで遊んでいるというあの風景。
――このCMがひとつの縁となって、約二ヶ月後には「SF3部作」の第一弾『ポータブル空港』のPVを制作されていますね。これは、capsuleの中田ヤスタカさんと意気投合したということでしょうか?
百瀬 そうです。ハウスのCMがうまくいったので、同じ組み合わせでまた何かやりたいと思って生まれたのがこの企画。PVの制作は初めてだったけど、中田君が楽曲からイメージする作品の世界観を挙げて、僕がそこにストーリーやキャラクターを肉付けして映像化していくという、ほとんど共同作業みたいなものでした。『ポータブル空港』という中田君のアイデアも面白かったし、一昔前のちょっと懐かしい未来観にも興味があったから、一作目が終わった時に「この世界でもっとやりたい」と思いましたね。その気分は中田君も同じだったみたい。
――中田さんは、百瀬さんが映像化することを前提に、ストーリーの起承転結を意識しながら二作目の『space station No.9』を作曲されたそうですね。
百瀬 うん、そうですね。二作目以降は特に、どちらを持ち上げるわけでもなく音楽と映像が対等な関係でした。それがうまく成立したのは、お互いの感覚の中に共通するキーワードがあったからでしょうね。たとえば、中田君は1960年代のデザインやファッションに強い関心を持っている人なんですけど、僕はその時代を実際に体験している。彼が作りたがっている世界観や抱いている気分と同じ感覚が、僕の引き出しの中にもあったんです。だから、どちらかが一方に無理に擦り寄るわけではなくて、自然に無理なく、二人の感覚で楽しくやっていました。
――長編ではなく短編作品を作るということで、何か特別に意識していたことはありましたか?
百瀬 やっぱり時間が短いですからね、そこに物語を収めるのが難しかったです。ただ、今回はPVだったので、物語をじっくり見せるというよりは、軽い感覚でさらっと見てもらえるような、映像として見た目が面白いものにしようと思っていました。『space station No.9』と『空飛ぶ都市計画』には多少物語も入っていますが、特に一作目の『ポータブル空港』ではアイデアを詰め込むというか、1カット1カットを見せ物として作ろうという気持ちが強かったです。ちょうど舞台設定がSFだったので、乗り物でも建物でも自分で好きなように表現して、かなり自由に作っていましたね。
――自分の感覚をストレートに出せる場所でもあったのでしょうか?
百瀬 自分の感覚を出発点に制作することができた、という意味では、ここまで自由に作ったのは初めてかもしれません。もちろん、短編だからこそ可能になったんだと思います。長編作品になると、お客さんが映像に期待するものはドラマ性になってきますから、感覚やアイデアだけではお客さんの要望に堪えられるものは作れないです。
――名前の表記が「百瀬義行」から「百瀬ヨシユキ」に変わっていたのは、そういう背景があったからでしょうか?
百瀬 あれは、中田(ヤスタカ)君の表記に合わせて遊びで変えただけ(笑)。でも、名前をカタカナにしただけで、これまでの自分のスタイルや仕事内容を一度リセットできたような気がして、気持ちが新たになりましたね。 |
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